逢魔の扉を前にして 新版


都会の繁華街ともなると、真夜中でも昼間に負けぬほど目映く明るい。
冬場でも集客を見込んでのイルミネーションが瞬き、
大通りに向いた路面店も、営業こそ終えていたあとであれ、
一推しの商品ディスプレイを煌々と照らす照明はそのままなため、
街路はそのままテーマパークのように華やいでおり、
人の行き来もなかなかのものだったりする。

  とはいえ

人が皆して24時間フルで活動できるわけではなく。
同じ場所であれ、昼間に訪れる人々と同じ系統の客層だとは限らない。
冷え込む空気にすくめた肩を引き寄せて、
寄り添い合う相手と共にいる幸せに蕩けそうになっているカップルも、
更夜の人工的な光の中では趣きがやや変わる。
夜の街につきものな、酔客同士の千鳥足、ややもすると情けない輩同士の帰宅の図とか、
いわゆる“同伴出勤”とかいう、契約めいた間柄ばかりなどという野暮は言わない。
世間体だの様々なしがらみに搦めとられた虜囚の身ゆえ、
夜陰の帳を越え、人の目を逃れた今の今しか共には居られぬと、
そんな刹那の幸いを温め合っている連れ合い同士も居ようから。

  たとい善意からであれ、
  他人を過分に詮索してはならないよというのが、暗黙のうちの了解でもあって……




舗装された道へと刻まれる、硬い音が冷たく響く。
表通りと打って変わって、明かりの乏しい道なりに、
唯一の存在を示すよに、慌ただしくもか細く硬い靴音が響く。

 “…誰か、誰かっ。”

深夜の街なか、何にか追われている少女が一人。
高校生くらいだろうか、こんな時間帯にたった一人で街路をただただ駆けており。
最初こそ人通りの多い通りにいたのだろうに、
今の今は、街灯も少ない、ほぼほぼ人も歩んでもないよな裏道を、
幼げな表情も硬いまま必死になって駆けている。
路地の両脇に居並ぶ雑居ビルの、エアコンの室外機の音などは低く響いているものの、
車の走行音も雑踏の人声も、何の気配もなさげな区画だったが、
時々振り返ったりするあたり、何者かに追われている身であるのは明白。

 「…っ。」

十代くらいだろう、まだ学生という世代の少女。
当人に非があって追われる心当たりなど何もないに違いなく。
とはいえ、だったら何故にこんな時間一人で繁華街付近にいたのだろうか。
色々と事情がある様子ではあるが、今はそれは置くとして。

 「どこへ行こうというのかな?」
 「……っ。」

追手の方が土地勘も上なのか、
姿が見えないうちは逃げきれていると思っておれば、
不意に前方からの声掛けがあって棒のように立ちすくむ。
冬の夜陰の心細さに輪をかけるこの苦境、胸がひしがれそうになっているに違いなく。
小さな拳を懐へと抱き込んで、立ちすくんでいた少女へと、
革靴の底が砂利を食むよな音がして、
何人かの人の輪が取り囲んでいることを伝えてくる。
ストーカーか、性分の悪いナンパか。それにしてはイヤに組織立ってる仕立てのグループ。
とうとう前後を挟まれて万事休すかという場へ、

「何人掛かりだよ、女の子一人にさ。」

唐突に割り込んだ気配があって。

 「……っ!」

濁った夜陰へ突き通る声で割って入ったのは、それは身の軽い少年である。
どこからともなく飛び降りて来て、
道の両脇につらなっていた煤けた金網フェンスの枠の上へ、
がしゃんと音立てて着地をし、器用にもそこへそのまましゃがみ込む。
煌々ととはいえないが、それでも街灯が多少は照っており、
唐突に表れた存在の輪郭をそこへと浮き上がらせたものだから、

「な…。」
「何奴っ。」

思わぬ闖入者に追手だった側もあたふたと焦っているが、
そんな様子へくくッと笑った少年は、

「人の名を訊くときゃあ自分から名乗らなきゃねぇ。」

まあ、こっちは聞く気もないけれど、と、一丁前な言いようをし、
軽やかに飛び上がったかと思ったら、
一瞬夜陰の中へ溶け込んでしまい、
姿を見失ったかと慌てた輩たちへ次々に躍りかかっており。

「がっ。」
「どぁあっ。」

ばねを活かしてのピンボールみたいな動きでもて
輩たちを前後左右に蹴って殴って薙ぎ倒す。
不意打ちだということもあって、怪しい連中が一瞬怯んだところへ突っ込んで、

 「なっ。」
 「はがっ。」

蹴りや拳の重さに押し負かされて倒れ伏すほどではないながら、
それでも唐突な奇襲であることへ驚きに幻惑されるのだろう。
少年からの攻勢に圧倒され、怖気づいたような雰囲気となった隙を見越し、
硬直したままでいた少女の手を取ってとっとと逃げ出す手際のよさよ。

 「っ、きゃっ。」

細っこく見えて意外と膂力はあるものか、
途中からはひょいッと膝下へ腕を入れ、姫抱きに抱えての逃避行となったれど、

「新手の悪い奴だと思っちゃうかもだね。大通りまで送るから、そこまでは我慢してね。」

柄の悪そうな大人たちを前にして、
一人で躍り込んで助け出してくれたのに、それでもこんなことを言う。
眉を下げてそう言う彼へ、少女は滅相もないとかぶりを振って
懸命に走り続ける彼の首っ玉へ自分からもしがみついた。
少女の鼻先でさらりとなびいた薄色の髪が、頭上にいるのだろう月の衣のようだった。



諦めるわけにもいかないか、次の陣営がばたばたと追って来て、
雑踏に紛れては余計な被害も増しそうだしなぁと、やむなくやはり裏道を逃げ回り。
少女が自分から掴まってくれているのを幸いに、

 「ちょっと奥の手を出すよ。」
 「え?」

何をどうするとは言わぬまま、不意に立ち止まると追っ手と向かい合う彼で。
しがみついてる少女の背中の下でパンと手を叩くと、
そこから波動が広がって夜陰をぶるると揺す振ったらしく。

 「な…っ。」
 「が…。」

水表へ広がった水紋のようなそれ、
相手へ届いた端からその身が固まったり、脚が固くなって走れない身となったりするらしく。

 「…もしかして“術式”?」
 「あれ? こういうの、知ってるのかな?」

思わずの独り言のような呟きへ、少年の側でもおやと意外そうな瞬きを一つ。
小説やマンガじゃあるまいに、そんなものがこうまでくっきりと存在すると、
素早く認知できた少女だったのが彼の側でも意外だったのだ。
とはいえ、そういう刷り合わせの暇もない。
追手は多少は怯んだようだったが、成人男性たちのスタミナはなかなかのものなようで、
新手を呼んだか、追跡行為は緩まないままだ。

 「しょうがないなぁ。」

パーカーのフードの端、紐が下がっている先のトグルをぐっと摘まんで見せた少年、
そのまま再び駆け出しはしたものの、
執拗に追い続けてくる連中をそれほど引き離すわけでもなくなったのは
さすがに疲れてきたからか。
それでも足取りは軽快なままに、路地をあちこち渡り歩き、様々に振り回しているのは結構な体力で、

 「いい加減、諦めやがれっ。」

業を煮やしてかそんな風にがなった者があり、しゅんッと勢いのある旋風が後方から飛んできた。

 「きゃっ。」
 「おっとぉ。」

炸裂音はしなかったものの、サイレンサーをつければほぼ無音で扱えもしよう。
いよいよと素人じゃないらしく、飛び道具として拳銃が出て来た模様。
少女の方は無傷で捕まえたいらしかったが乱入した少年はどうなっても良いらしい。
半グレ同士の喧嘩として放置してもよし、
どこかへ運んでって海へでも抛るという手もあるとでも踏んだのか。

 “雑なんだか周到なんだか。”

思えば、見ぬふりして放っておけばいい鬼ごっこ。
安っぽい正義感から手を出しただけなら、
それこそ雑踏へ飛び込んでも良かったろうに、
手を出したからには半端はしないということか。
となると、飄々としているのも含めて、
自分と変わらぬ年頃だろうに、荒事慣れしている彼ではなかろうかと、
抱えられたままな少女が相手のお顔を今更関心持って見上げたところで、
そんな動作と同じ間合い、どこか頭上から再び降って来た存在があったよで。
煤けたアスファルトの上、ざりっと砂を軋ませ着地したその人は、

 「ウチの弟分に何してくれてる。」
 「げっ?」

ようよう通るお声でそんな風に宣戦布告をし、
背条を弓なりに立たせると、ウエストカットという丈のジャケットをひらり翻して
次の瞬間には姿が消える。

 「ぐえっ。」
 「はがっ!」

先頭の数人をお見事な体術で蹴たぐったらしく、
腹を押さえの、頭を抱えのしつつ叩き伏せられた面々の後に続く顔ぶれへは、
触れるほど間近に姿を現したそのまま、
にやりと嗤って鼻先で指をぱきりと鳴らして見せ。

 「え?」

その途端に疾風が吹きつける。
何かしらの舞いの所作のような動作に続き発した突風は、
その後に鋭い玻璃の混じった障壁が広がり、
触れた端からという手際にて、麻痺性の効果が出て、これでも無難に足止め完了。

 「さすがです、中将様。」
 「ったく、いきなり救援信号なんぞ送ってくんじゃねぇよ。」

先程パーカーのフードの紐をいじった彼だったのは、そこにそういう仕掛けがあったのだろう。

 「なんかそっちの筋の連中みたいだったしよ。
  手前の手札ででも薙ぎ倒せたんじゃねぇの?」
 「いえなんか、人への手加減って難しくって。」

 「あ…。」

追われていた少女には二人とも覚えがない人物だったが、
加えて、不思議な方法で追手を畳んだ人たちだったが、
その点へは不審を感じてはないらしく。
立てる?とそぉッと下ろされたそのまま、
怯えたり慌てたりしもせず彼らの会話を聞いていたものの、

 「槙の中将と、一番弟子の暁くんだよ。」

そんな声が割り込んできたのへ“え?”と振り返れば、
いつの間にやら3人目の乱入者が至近に立っている。
随分と背の高い彼がざっと腕をふりあげれば、
まだいたらしい追手の黒服たちが物陰から宙へ放られて、
容赦なくのどさどさと地に叩きつけられており。

「鎮冥(しずめ)さん」

少女とも顔見知りであるらしく、
関係性が判らないからだろう、
怪訝そうに目許をしかめる術師の師弟へは、

「鵺くんの妹さんだよ。蘇芳さんチのヒタキちゃん。」
「え?」

鵺という名には覚えがある。
こんな短い説明で納得がいくほどには。

「暁くんはともかく中将も知らなかったのかい?」
「俺はあんま人付き合いには興味ねぇしな。」

それなりの立場にある癖にそれってどうよと擦られたようで、
だっていうのにこの返し。
それって威張っていいことなんだろかと、
困ったような笑いようをする、銀の髪した少年だったりする。




奇妙な鬼ごっこに何とかけりをつけ、
やや場末ではあるが、鎮冥の足場らしいカフェの半地下に落ち着いた4人であり。
ヒタキという少女が追われていたのは、
何者かに呼び出された先でのワケの判らぬ誘拐未遂案件だったらしい。
何者かが仕掛けた咒で意識が半濁していたらしく、
我に返れたそのまま逃げ出して、そこからの逃避行へ暁少年が割って入ったという顛末だった模様。
彼女も多少は知識を持つがそこまでで、兄や此処に居合わせる面々ほど使いこなせる身ではない。

 「何かしらの人質にしたかったってところかな?」

とはいえ、彼女や兄が籍を置く蘇芳家は
こちらの世界の有名どころだという以外、世間的にはさほど名を馳せている家系ではない。
著名になってはむしろ困るため、表向きには親戚筋に神社の主事がいるという程度の旧家なだけであり。
だっていうのにそんな搦め手でこの少女を掻っ攫おうとした動きがあったというのは何ゆえか?
手際よく暁少年が淹れてくれたコーヒーや紅茶がそれぞれへと行き渡り、
ほうと一息ついてからの事実の付き合わせは、
どうしたって術師がらみな話らしいなというきな臭さへとたどり着き。
それへと眉を寄せ、癖の強い赤毛を掻き上げる中将がこぼしたのが、

 「咒力を何かしらのエネルギーとして搾取出来ねぇかなんて考えてる連中が居るんだよ。」

まあ確かに。途轍もない現象が起きたり興したり、
およそ人の仕業とは思えぬような馬力が出たりする力なので、
既存のエネルギーに置き換えられたら…と思うのも判らんではないが、

「微妙が過ぎる論理だけどな。」

何か? 術師を山ほど掻っ攫って無賃労働させようってのか?
自身が深く関わっていればこそで、ありえないと言いたげに極端な言いようをする中将だが、
確かにまあ、医学的、もしくは工学的な方向から
術師が操る様々な力のエネルギー解析とやらを始めたところで、その秘密とやらにどう辿り着けるやら。

 そういう奴らほど、心霊現象の仕組みとか研究している連中を鼻で笑ってないか?
 それか、大地の生気が満ちている土地を出鱈目に開発してたりしますよねぇ。

あまりにも畑違いな暴論だと、仲間内で呆れられているのも重々判っているらしく。
そこへと鎮冥は行儀のいい手を指揮者のように振って見せ、

「実はそれもまた建前でね。」

どこぞの聖域に眠る財宝だか金脈だか
それを探し当てた上で掘り返して手に入れたいって下賤な企みもつ連中が
資金源欲しやに参入しているらしくって。
結局のところはそんな世知辛い話だとの種明かしをされ、

「旧家が多いしなぁ。非公開となってる霊山とかいっぱいありますしね。」
「底の浅い、あさましい煩悩があっての企みなんかい。」

すっかりと呆れたらしい師弟のお言いようへ
自身も同感なのかくすすと笑った鎮冥だったが、

「中核の連中の考えはやぶの中。もしかして、冥府の扉に関わる負界の回し者かもしれない。」
「…っ。」

不意打ちに出てきた危険なフレーズへ、中将が思わずのことその双眸を大きく見開いた。

 「ところで鵺くんはどうしたの?」
 「え? 鎮冥(しずめ)さんと一緒じゃあなかったんですか?」


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